院長 山嵜智明 プロフィール
<取得資格>
厚生労働大臣認定国家資格 『柔道整復師』
日本施術マイスター養成協会『 猫背矯正マイスター®』
日本猫背矯正協会認定院
姿勢改善IPテクニック取得
バランススタイル認定院
<経歴>
正則学園高等学校卒業
日本工学院専門学校コンサートイベント科卒業
健康科学専門学校スポーツトレーナー科卒業
両国柔整鍼灸専門学校柔道整復師科卒業
治療家歴20年5ヶ月
今までにみた患者様の数59,381人
東京都荒川区石井接骨院9年間勤務
東京都港区那須整形外科6年5ヶ月勤務
2016年姿勢治療院tetote開院
全10回健康セミナー開催
<メディア実績>
・Tarzan 2024 No.881”全国の厳選施術院でカラダメンテ”
・中期のひよこクラブ 2024年春号 “産後の骨盤ケア “
・壮快 2024年2月早春号 “口コミで評判の施術院 ”
・Number 1082号“頼れる施術院でスポーツをより楽しむ体へ”
・ラクティブ六本木掲載
<サポートカンパニー>
・Jリーグ川崎フロンターレ
<インタビュー掲載>
【もっと知りたいヘルスケアのお仕事Vol.156 姿勢治療院tetote院長 山嵜智明さん】#1
【もっと知りたいヘルスケアのお仕事Vol.156 姿勢治療院tetote院長 山嵜智明さん】#2
院長に質問してみました
質問者:レセプションスタッフ神山
以下 神=神山 山=山嵜
神:よろしくお願いします。さっそくですがなぜ今の仕事に就こうと思ったのですか?
山:子供の頃は学校の勉強が好きではなく友達と遊んでいたり20歳頃まで部活やバイトをしていて、いよいよ就職を考えなくてはいけない時期に鼻を骨折して手術したんです。そこで体に興味を持ったことがきっかけです。学生時代に怪我でお世話になった接骨院の先生のところに勤め本格的にこの職業を目指しました。さすがに20歳から勉強してこなかった私には医者は無理だと思いましたしね(笑)
神:今から医者になれるといわれたらどうされますか?
山:お医者さんに失礼ですがならないですね!医療業界にも勤めていたのでわかるのですが医療行為の限界があるので。それよりも医療を必要としていない状態で困っているかたの方がたくさんいらっしゃいます。そのような人達の役に立ちたいと考えているからです。
神:具体的には?
山:お医者さんのところには体が悪くなってしまった方が行かれますよね。例えばぎっくり腰で痛くて整形外科へ行きますが、ぎっくり腰で痛めてしまった時点で筋肉や椎間板、軟骨はキズついています。数日で痛みは引きますが、キズついた椎間板や軟骨は元の状態には戻らないのです。歯で例えれば虫歯になった状態です。これが原因で骨の変形や脊柱管狭窄へと進行し慢性的な腰痛や脚のしびれの原因となります。お医者さんでは病気がひどくなったら手術や注射などの医療行為をするのが仕事です。私は状況が進行しないよう、または予防していくことが重要と考えているので今の仕事の価値を感じています。
神:姿勢治療院tetoteのロゴがありますが、どのような意味があるんですか?
山:開業前デザイナーさんと考えたものです。あのマークは『ネジ穴』なんです。ネジをしめるように体を直していくという意味なんです。
神:tetoteはどんな意味があるんですか?
山:これは妻が考えてくれました。患者さんと手と手を握り合って一緒に直していく、そんな思いで『手と手』→『tetote』となりました。ネジを一つ一つ手を使ってしめていくように、体を調整していくという思いがこのデザインになっています。
神:院長はよく息子さんとサッカーをされていますが、他のも趣味はあるのですか?
山:実は結構あって(笑)音楽を聴くのが好きですね。iphoneには全部聞けるわけではないのに1万曲入ってます。それとギター弾いたり、映画を見たり。最近はまっているのが洗濯ですね(笑)子供達の泥だらけの服を手洗いできれいにして、たたんでしまうのにハマっていますね。
~マイストーリー〜
私は祖父、両親が公務員、兄は教員という一見するとお堅い躾を受けた家庭の次男として育ちました。しかしお堅いイメージとは違いかなり自由にさせてもらい、小学生の頃は家に帰ると宿題もやらず玄関にランドセルを放り投げ『ただいま!行ってきます!』と学校の後毎日のように友達と外で遊んでいました。
子供の頃からきゃしゃな体でしたが、たまに風邪をひくくらいで今でも健康で丈夫な体に産んでくれた両親にとても感謝しています。
中学ではサッカー、高校ではアメリカンフットボールとスポーツをしながら趣味だったバンド活動とほとんど勉強をせず先の事も考えず過ごしていました。
進路を決める時、将来の現実的な生活と、趣味との狭間で思い悩みました。
そんな中お風呂場での転倒をきっかけに鼻の骨を骨折、入院、手術を経験しました。その時手厚くしていただいた医療スタッフの方々に憧れ、『人を助けるような職業に就きたい』と思いこの治療業界を目指すことを決意しました。
この時も両親は『悩むよりまず行動してみなさい』と背中を押し私の意思を尊重してくれました。この時の両親の寛容さは現在子を持つ身になり、とてもありがたい事なのだと良くわかるようになりました。
その後は学生時代に怪我でお世話になった接骨院に弟子入りし、専門学校と仕事を3年間両立させ国家資格に一発合格。持ち前の明るさと、奉仕の気持ちを持ってご年配の方から子供までたくさんの患者様の手助けになれるよう9年間勤めさせていただきました。ここでは私が一人前の治療家になるための基礎を教えていただきました。『親切であること』『丁寧であること』『身の回りの全てをやること』と洗濯や掃除、食器洗いまで徹底的に行いました。
まだまだ自分の力を成長させたくさんの方のお役に立ちたいと思い、ここで治療家として次なるステージに上がるため知り合いのご縁から六本木の整形外科に勤めさせていただくことになりました。接骨院時代とは違い医療機関にいらっしゃる患者様の悩みは幅広く、大きな怪我の処置やリハビリ、神経痛や変形性関節症などたくさんの症例経験をさせていただきました。
この時の院長先生、スタッフの皆さんには大変お世話になり、私がその後六本木で開業する礎となりました。本当に感謝しております。
現在も治療家という職業の魅力に取り憑かれ、尊敬する師匠、仲間達、家族を大切にし子供の頃勉強に夢中になれなかった日々がウソのようにこの20年がむしゃらに学び続けています。
今後も夢中で好きなことをやって過ごした学生の頃のように、20年30年とこの治療家人生を楽しみながらまっとうしていきます。
皆様どうぞよろしくお願いいたします。
山嵜智明